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今回はソウルから行く北朝鮮の国境エリアを見学するDMZツアーに参加してきました!
DMZツアーが気になる方から、行くつもりはなくても「北朝鮮がどんなところなのか」「韓国と北朝鮮との関係はどうなのか」を知りたい方まで参考になる記事を書きましたので、どうぞ最後までご覧ください!
※本記事では2026年7月時点での情報を取り扱います。
【3泊4日韓国・ソウル旅全体スケジュール】
1日目: 束草から高速バス移動・激うまチヂミとうどんのお店・テイクアウトチキン屋さん
2日目: 北朝鮮との国境エリアを見学!DMZツアーと明洞食べ歩きグルメ
3日目: 地元民に大人気!たらのスープ屋さん・清渓川散策・昌徳宮見学・巨大本棚 ピョルマダン図書館・絶品焼肉・超おすすめスイカジュース
4日目: ほっと温まるあわび粥・中国へ出国!仁川国際空港へ
参加前からハプニング
元々は15時終了の英語ツアーを予約していたのですが、ツアー会社のスタッフさんがインフルエンザにかかってしまい、急遽18時終了の日本語ツアーに変更になるというハプニングからスタート。
ツアー代は変わらないのですが、お昼にソウルで行きたいお店がたくさんあったので少し残念。
しかし、日本語ツアーになって結果的には大正解!理由は後ほど!気になる方はぜひ最後までご覧ください!
集合から出発まで
今回のツアーは明洞駅8番出口が集合場所。
着いたら係員の方に名前と生年月日を伝えてバスに乗り込みます。名前と生年月日はDMZを超える際の検問で確認されるので、必ずパスポートと同じ正しい情報を伝えるようにしましょう。

乗り込む際に「トイレは大丈夫か」「コンビニで何か買わなくて大丈夫か」を確認されます。行きたい方はコンビニのトイレに案内してもらえます。トイレは各スポットに必ずあるので、そこまで心配しなくても大丈夫です。
コンビニについても途中で水を購入できるスポットはあるので心配は不要ですが、坂道を登る場面も多いので少し多めに水を持って行くと安心かもしれません。
最初のスポット「紺岳山(Gamaksan)の吊り橋」
最初の目的地は紺岳山(Gamaksan)の吊り橋。

元々の短縮ツアーには含まれていなかった場所。DMZとは直接関係ないスポットですが、しっかりした作りの長い吊り橋でスリル満点!

道中には土で作られた「かまくら」のような構造物があり、夜間は韓国の軍人さんが訓練や仕事に使っているそうです。

橋を渡り切った後は自由時間となり、奥にある涼しげな滝まで散策を楽しみました。



韓国の兵役期間は以前は2年間でしたが、現在は18か月に短縮されています。しかし、除隊後の15年間は年に1回ほど軍隊に出向く義務があるんです。

そうなんですね。最近だと、BTSメンバーが開催した兵役明けのコンサートの盛り上がりが印象的でした。こんなに有名で韓国に貢献している方でも徴兵されるのは大変ですね。

そうなんです。でも、実はオリンピックでメダルを取った選手は兵役を免除されるんです。そのほか、体調がすぐれず、やむを得ない場合は免除されます。

さまざまな決まりがあるのですね!知りませんでした!
お昼ご飯:サギェジョル韓食ビュッフェ
お昼は「サギェジョル韓食ビュッフェ」へ。10,000ウォンで食べ放題というコスパの良さ!


外国人観光客向けのお店ということもあり、キムチ類も辛すぎず、辛いのが苦手な私でもおいしくいただけました。

韓国の乾麺を自分でお湯を入れて作るコーナーもあり、ガイドさんが丁寧にお湯を準備してくれました。


【サギェジョル韓食ビュッフェ】
住所:京畿道 坡州市 汶山邑 汶山里 17-96
営業時間:6:00-14:00 / 16:00-20:00 (L.O. 19:30) ※土曜日は6:00-14:00
定休日:日曜日
決済手段:クレジットカード可
いよいよDMZ(非武装地帯)へ!臨津閣(イムジンガク)平和公園
お腹を満たした後は、いよいよ本番のDMZへ向かいます。
DMZとは、軍事境界線(MDL)から南北にそれぞれ約2kmずつ設定された非武装地帯のこと。かつて日本統治の終了後に一度、38度線で分断されましたが、朝鮮戦争を経て現在のMDLが確定しました。
北朝鮮側を北方境界線、韓国側を南方境界線と呼びます。

朝鮮戦争で多くの犠牲を出したにもかかわらず、最終的な境界線が戦争前とほぼ変わらないのです。戦争は本当にお互いにとって無駄なものです。戦争はよくないです。
まずは都羅山平和公園(臨津閣)へ。
臨津江鉄橋と統一大橋
南北をつなぐ重要なルート。
元々、臨津江鉄橋が南北を繋ぐ橋としてあったのですが、現代(ヒョンデ)グループの創業者・鄭周永氏が、故郷の北朝鮮へ恩返しとして牛1001頭を贈るために、牛の重さにも耐えられる統一大橋が建設されたというエピソードがあるそうです。

線路のモニュメントと「失われた30年」の像
南北を結んでいた実際の線路が飾られています。
枕木には使われていた駅の名前が刻まれており、手前は韓国、奥は北朝鮮の駅になっています。


分断された離散家族を探すテレビ番組(10,189組の家族を再会させた)を記念したモニュメントでは、南北双方で有名なテーマソングが流れていました。

少女像
旧日本軍の慰安婦被害を象徴するために建てられた像。
「市民団体が作ったもので、国として作ったものではないのですが、ごめんなさい、目をつぶってください」といった解説。日本語でのガイドで、やや配慮された案内だったように思いました。

自由の橋と帰らずの橋
休戦後、捕虜交換の際に使われた橋。どちらの国を選ぶかではなく、「どちらに自分の故郷があるか」で選んだ人々もいるようです。

被弾した機関車
日本製(三菱などの刻印)の機関車には生々しい銃弾の跡が残り、周りのフェンスには平和を願うリボンがたくさん結ばれていました。



遊園地
軍事境界線付近で働く人の子供のために作られた遊園地。動いてはいるが今はほぼ客はいないとのこと。

緊張の検問突破と「都羅展望台」
DMZ内部に入る手前で、いよいよ厳重な検問が行われます。過去に米軍兵士が脱走した事件などもあったため、スパイ対策として「入った人数と出た人数が一致するか」を確認するのが目的です。あらかじめ提出していた名簿とパスポートが照合されます。
検問を抜けると、路面に引かれた青い境界ライン(DMZのライン)を越えていきます。上空飛行禁止を示す「030」のオレンジ看板や、地雷注意を示す赤の三角標識が車窓から見え、一気に緊張感が高まりました。
バスを降り、急な坂道を登って都羅(トラ)展望台へ到達。ここからは無料の望遠鏡で北朝鮮の領土をリアルタイムで観察できます。

展望台からの眺めは撮影禁止のためパンフレットの写真を見ながらイメージを膨らませてお読みください。


機井洞村(北朝鮮側)と台城洞村(韓国側)
お互いに対抗して高く建てられた国旗掲揚台が目立っていました。台城洞村の住民は兵士の護衛のもと農作業を行っており、特別なリスクを伴うため兵役や納税が免除されているそうです。
開城(ケソン)工業地区
かつて南北協力の象徴だった場所。韓国の企業124社が入居し、北朝鮮の労働者約6500人が働いていました。衣類や厨房用品などが生産されていましたが、現在は閉鎖され、建物だけが残っています。
送信塔
韓国のGPSを撹乱させ、北朝鮮の住民が韓国の放送を見られないようにする電波妨害装置。
板門店
残念ながら山に隠れて展望台からは見られません…。渡されたパンフレットをもとに「このあたりにあるんだなぁ」と思いながら眺めていました。
暮らしている人々
実際に自転車に乗って移動している方などが見えました。
望遠鏡の種類によってぼやけて見えづらいものがあるので、見えづらかったら他の望遠鏡で見てみましょう。
電波妨害塔と風船作戦
韓国側からのK-POPや支援情報が入った風船と、北朝鮮側から飛んでくる風船(ゴミ等が入ったもの)の応酬など、今なお続く心理戦のリアルな話を聞くことができました。
息が上がる!第3地下トンネルの散策
次に向かったのは、北朝鮮が南侵用に掘ったとされる第3地下トンネル。

手荷物はすべてロッカーに預け、金属探知機チェックを受けて入場します。韓国側が掘り下げた72mのアクセス坑道(傾斜11度の急斜面!)をひたすら下っていきます。
ここからは撮影禁止なのでパンフレットを見ながらお読みください!


降り切ると、北朝鮮が掘った本物のトンネルに合流。壁面にはダイナマイトを仕掛けた黄色いペンキ跡がそのまま残っていました。途中から天井が低くなり、中腰で進むため足腰にかなりの負担がかかります。
到達できる最奥部は、軍事境界線からわずか170m手前。現在は突破防止のために3重の壁で塞がれており、監視カメラと「停戦協定からの経過日数」を刻むカウント表示が設置されていました。
今回はかなり空いていて、最奥部でゆっくり眺めることができましたが、混むときは行列になるとのことで、ラッキーでした!
第3地下トンネル入口の手前には写真のようなモニュメントが設置されていました。


脱北者の方との対話
ツアーの締めくくりは、実際に北朝鮮から逃れてきた脱北者の女性による講話を聞く貴重な時間でした。
深刻な食糧難から「韓国へ行くか、死ぬか」の二択を迫られ、決死の覚悟で脱北されたそうです。
複数の国を経由し、ブローカーの手を借りて偽造パスポートで韓国にたどり着いた際、入国審査で「北朝鮮から来ました、助けてください」と保護を求めたというお話は息を飲んだ瞬間でした。
後に残してきたお子さんを呼び寄せるため、韓国で懸命に働いたといいます。
「北朝鮮では毎朝、最高指導者の写真のホコリをきれいに払って挨拶してから登校・出勤していた」という日常のリアルな証言もあり、教科書だけでは学べない平和の重みを深く噛み締めました。
英語ツアーと日本語ツアーどっちがいい?
今回、冒頭のトラブルがあり、日本語ツアーへの参加となりましたが、日本語ツアーで良かったと思っています。
というのも、英語ツアーの方と同じバスで移動したので英語の解説も聞くことができたのですが、日本語のツアーの方が詳しい歴史について話してくださっている印象がありました。もちろん、ガイドさんによって違うと思うので一概には言えませんが…。
また、日本語ツアーの方が参加人数が少ないため、ガイドさんとよりたくさんお話しすることができました。こちらも、時期によるかもしれないので一概には言えませんが…。
結論、「ガイドさんや時期による」とはなってしまいますが、今回のツアー、日本語ツアーで良かったです!
まとめ
今回は韓国と北朝鮮の国境ギリギリまで行く、緊張感のあるツアーでした。
最初はこんな危険な場所に行って大丈夫なのかと不安でしたが、韓国と北朝鮮の歴史を双方の方から伺うことができるとても貴重な機会を得られ、最後には参加してよかったと思える充実感のある1日となりました。ぜひ皆さんもソウルへ行った際にはこのツアーへの参加もご検討ください!
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